最高裁判所第一小法廷 昭和51年(オ)1028号 判決 1977年2月17日
上告人
旧商号東京日野モーター株式会社
東京日野自動車株式会社
右代表者
広田正次
右訴訟代理人
宮内勉
被上告人
西脇吉夫
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人宮内勉の上告理由について
抵当不動産につき、抵当権者自身を賃借人とする賃貸借契約又は抵当債務の不履行を停止条件として抵当権者が賃借権を取得することができるとの停止条件付賃貸借契約が締結され、これを登記原因とする賃借権設定の登記又は仮登記が抵当権設定登記とその順位を相前後して経由されることは、抵当権設定に際してしばしば行われるところであるが、このような賃貸借契約及び賃借権設定の登記又は仮登記の目的は、特段の事情のない限り、専ら、抵当権設定登記以後競売申立に基づく差押の効力が生ずるまでに対抗要件を具備することによつて抵当権者に対抗することができる第三者の短期賃借権を排除し、それにより抵当不動産の担保価値の確保をはかることにあると解するのが相当である。したがつて、競売申立に基づく差押の効力が生ずるまでに対抗要件を具備した第三者の短期賃借権が現われないまま競落人が競落によつて抵当不動産の所有権を取得したときには、抵当権者の賃借権は右目的を失つて消滅し、その登記又は仮登記は実体関係を欠くことになるから、賃借権設定の登記又は仮登記が抵当権設定登記よりも先順位である場合又は右賃借権が短期賃借権である場合においても、競落人は、競落した抵当不動産の所有権に基づき、その抹消登記手続を求めることができるものと解するのが、民法三九五条の解釈上も正当であるといわなければならない。
本件についてみるのに、原審が適法に確定したところによれば、(1)本件土地家屋は、もと訴外荒木繁夫の所有するところであつたが、昭和四一年一二月二〇日、上告人は、荒木に対する債権担保のため、同人との間で、本件土地家屋につき、(イ)元本極度額一〇〇万円の根抵当権設定契約、(ロ)荒木が抵当債務の履行期を徒過したときは、上告人は予約を完結したうえ代物弁済として本件土地家屋の所有権を取得することができるとの代物弁済予約、(ハ)荒木が抵当債務の履行期を徒過したときは、本件土地家屋につき存続期間を三年とする上告人のための賃借権が発生するとの停止条件付賃貸借契約を各締結し、右各契約を登記原因とする根抵当権設定登記、所有権移転請求権仮登記及び賃借権設定登記(以下「本件仮登記」という。)を各経由した、(2)本件土地家屋には、訴外株式会社福徳相互銀行を権利者とする先順位の抵当権が設定されていたところ、同銀行は、右抵当権に基づいて本件土地家屋の競売を申し立て、昭和四二年七月一日その競売手続開始決定があり、昭和四三年一一月二九日被上告人がこれを競落してその所有権を取得し、同年一二月二〇日所有権取得登記を経由した、(3)右競売申立当時、荒木の上告人に対する抵当債務は少なくとも六五万九二四〇円に達していたが、荒木が第三者から差押を受けたときは期限の利益を失うとの特約に基づき右債務の履行期が到来し、その不履行によつて本件停止条件付賃貸借契約の条件が成就し、上告人は、本件土地家屋について存続期間三年の賃借権を取得した、(4)本件仮登記が経由されたのち株式会社福徳相互銀行の競売申立に基づく競売開始決定によつて差押の効力が生ずるまでに第三者のために短期賃借権が設定された事実はない、というのである。このような事実関係のもとにおいては、上告人と荒木との間に締結された本件土地家屋についての停止条件付賃貸借契約は、特段の事情のない限り、専ら、本件仮登記経由後競売申立に基づく差押の効力が生ずるまでに第三者が対抗要件を具備した短期賃借権を取得した場合に、これを排除して本件土地家屋の担保価値を確保する目的に出たものであると解するのが相当である。右特段の事情が認められないとした原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、したがつてまた、上告人の本件土地家屋に対する賃借権は、第三者の短期賃借権が設定されないまま被上告人が競落によつて本件土地家屋の所有権を取得したことによつて、その目的を失い消滅するに至つたものというべく、本件仮登記は実体関係を欠くものであつて抹消を免れない。原審の認定判断は正当であつて原判決に所論の違法はなく(所論引用の判例は本件に適切でない。)、論旨は採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(団藤重光 下田武三 岸盛一 岸上康夫)
上告代理人宮内勉の上告理由
第一 原判決は、左記判例に反する判断をなした違法があり、破毀せられるべきである。
(判例)
建物賃貸借契約解除請求事件(昭和十二年(オ)第三四一号同年六月十四日第一民事部判決、棄却、民集十六、八二六、判例時報六一八号五十頁)
第二 原判決は、左に述べるが如く法律行為の解釈を誤つた違法があり、破毀せられるべきである。
上告人が本件土地建物に付き、訴外荒木繁夫となした停止条件付賃貸借契約の契約書である乙第一号証を検討するに、その第十一条の一、に「乙が本契約に基づく債務を履行しないときは末尾記載の物件につき、甲に賃借権が発生する」旨を約定して居る処であつて、右約定を解釈すると本件土地建物の利用を目的とする通常の停止条件付賃貸借契約であつて、原判決認定の如く抵当権の担保価格の確保のためのものでない事は明らかである。
而るに原判決は右契約を目して抵当権設定契約と同時に契約が締結された事を唯一の理由にして、抵当権の担保価格の確保のみを目的とした契約であると認定した事は、仮令抵当権設定契約と同時に締結されたとしても、抵当権設定契約と、停止条件付賃貸借契約は、その目的を異にする契約であるから、抵当権設定契約を主たる契約とし、停止条件付賃貸借契約を従たる契約とし、従たる契約を主たる契約の目的のみのために締結されたものであると解釈する事は、法律行為の合理的目的の解釈を誤つた違法があり、破毀せられるべきである。